Allo介護の不思議な世界

こんにちは!介護ブログ管理人のサキです。 この記事は介護は難しい、わかりにくい方に向け、初心者でも簡単に紐解いた解説をします。 介護保険は、3年毎に改正されます。この記事を読むと、最新の介護事情や歴史に触れることができます。 とは言え、一体どうしたらいいかが分からない…というあなたのために、一日一つブログをアップし解説したいと思います。 この記事を読み、実践する事であなたも介護の達人になりますよ! ですので、ブックマークをつけて、じっくりと読み進めながら取り組まれてみてください。

介護福祉士の歴史について思う




今日は介護福祉士いう資格が生まれた背景、今後のこの資格のあり方を考えてみたい。



歴史というには、あまりに若い資格であるが、介護福祉士は、1987年5月26日に制定された介護福祉士法により、「介護福祉士の名称を用いて、専門知識及び技術を持って、身体上もしくは精神上の障害が あることにより、日常生活を営むのに支障がある者につき入浴・排泄・食事、その他 の介護を行い、並びにその者及びその介護者に対して介護の指導を行うことを業とする者を言う」と定義している。



これをみて解るように、この資格は業務独占ではなく、あくまで名称独占の資格であり、介護福祉士の資格がないから介護施設の介護職員や在宅介護に携われないということではない。



しかも、この資格を得るために、必ず国家試験を受けなければならないというものではなく、実務経験者は国家試験で合格する必要はあるが、養成校で必要な科目を履修して卒業した者は国家試験免除で資格が付与されていた。



どうしてこのような中途半端(?)な資格になってしまったかご存知だろうか。




そもそもわずかその19年前には介護の資格は公的には全くなく、介護職員の地位向上とスキルアップの両面を睨んで、老施協は独自に「福祉寮母」という養成資格を作っていた。そして同時に介護の国家資格を作ることを大きな目標としていた。



その際、もっとも抵抗勢力となっていたのは、家政婦協会である。



介護の国家資格化により、医療機関等に派遣されている(当時の医療機関は現在のように、医療機関の責任での介護が義務付けされておらず、基準看護をとっていない医療機関の大部分は、介護者として患者自己負担で外部の派遣職員を受け入れていた)家政婦の職が奪われるという理由で、旧労働省をバックに、介護の資格化に真っ向対決姿勢を打ち出していた。



しかも、国会議員の中にもこの資格を疑問視する勢力は、かなり大きく、有名な話では、あのハマコー氏などは、自民党の総務会で「誰にでもできる仕事に、なぜ資格が必要なんだ」と発言し大きな話題にもなっていた。



こうした抵抗勢力があるにも関わらず、介護の専門性が必要であるという一方の認識も徐々に広がる中、両者の妥協として、業務独占ではない、名称独占という形で、資格ルートも複数化して取得の幅を広げるという形で資格制度がスタートした、というのが実態だろう。最初から名称独占のみを目指した資格ではなかったはずだ。



しかし今日、特に介護保険制度以後、介護サービスが多様化して、国民の負担において、それらのサービスが提供される実態が、国民の目にも直接的に触れる機会が多くなったことで、給付費の適正化という問題ともあいまって、介護サービスの質の保持を、有資格者によるサービス提供で担保し、かつ、その基礎資格をヘルパーではなく介護福祉士としよう、という議論があった。



介護の質を管理する、資格のあり方を議論することは大いに結構であるし、介護福祉士の技術や知識に信頼を置く方向の議論であれば、これは有意義である。




ただ、現行の介護福祉士を、もっと「とりやすい」資格にして、広くこれを与えようとするのでは意味がない。



やはり看護師の養成過程を基準にするなり、要請過程の充実を図るとともに、すべての資格取得ルートに対し、国家試験なり、都道府県の認定試験なりの選考を経た上での資格付与でなければ信頼感は薄くなる。その上で、業務上の「できる行為」の明確化と規制緩和、単なる名称独占でない専門職としての地位確保が必要ではないか。



少なくとも介護福祉士という有資格者を大量生産する視点では困る。