Allo介護の不思議な世界

こんにちは!介護ブログ管理人のサキです。 この記事は介護は難しい、わかりにくい方に向け、初心者でも簡単に紐解いた解説をします。 介護保険は、3年毎に改正されます。この記事を読むと、最新の介護事情や歴史に触れることができます。 とは言え、一体どうしたらいいかが分からない…というあなたのために、一日一つブログをアップし解説したいと思います。 この記事を読み、実践する事であなたも介護の達人になりますよ! ですので、ブックマークをつけて、じっくりと読み進めながら取り組まれてみてください。

言葉なのだ!



特に自分自身不快に感じる言葉は「~じゃん。」という言葉である。若者が街中でそれを使う分には別に気にもならない。



しかしある程度の年齢と立場のある人間が、他人に対し「人の道」を説くときに「~じゃん。」はないだろうと思う。



言葉とは命あるものなのだ。「とても伝えたがるけど心に勝てない」と言ったのはチャゲ&飛鳥の飛鳥涼氏であるが、それゆえに先人たちはとても美しい日本語をつくって日常に潤いを与えてきた。




例えば「黄昏:たそがれ」という言葉である。



真っ暗に暮れるまえの、何ともいえないぼんやりとした風景、これを表すときこれほど適切な語感はない。先人たちは、闇に埋もれる直前の時間にふと道の向こうからやってくる人を見え「あれは誰だろう」と感じる感性を「たそがれ」という言葉にした。



つまり「たそがれ」の語源は「誰そ彼(たれそかれ)」(あれは誰だろうという意味)である。



人生の後半部分のある時期を表す言葉としても美しさを感じられる。人生とはいいものなのだ、という思いを静かに感ずるような言葉だと思う。



外国語を訳した言葉にもすばらしく美しい言葉がある。



ハリウッド映画の永遠の名作といえば「風と共に去りぬ」である。このタイトル原語はGone with the wind (ゴーンウイズザウインド)である。
 

GONEなんていう過去動詞をどう訳したらよいのか。




このタイトルを日本で最初に訳したのは「サヨナラ、サヨナラ、さよなら」のセリフで有名な映画評論家の故・淀川長治氏であり、彼の訳では「風と共に飛んでった」とされている。



「風と共に去りぬ」と「風と共に飛んでった」では並べなくともどちらが感性に響くか一目瞭然である。後者のタイトルであったら日本でもあれほどヒットしたか疑問である。




だから言葉は生き物だ。それを使って人を傷つけてしまうこともあれば、不快さを印象付けてしまうことがある。



テレビタレントがへんな言葉を使い不快を与えるのであれば、チャンネルを合わせなければ良いし、こちらには選択権があり、まだましである。



しかし介護の現場で、毎日お世話にならなければならないワーカーや看護師、介護職員が不快な言葉で利用者に接しているのであればこれは最悪だ。



利用者には逃げ場がない。



親しみをこめるためにという理由で苗字にチャン付けで利用者を呼んだり、ニックネームで呼ぶ看護・介護職員がいる。



ぞんざいな言葉が親しみで、丁寧語は他人行儀だという関係者がいる。



そんな言葉や呼びかけでしか親しみを表せないなら、この仕事には向いていないと考えた方が良い。




自分の父親や母親が20も30も年の離れた若い者にチャン付けやニックネームで呼ばれて嬉しいと思う子供がいるのか。自分自身だったらどうか。



我々は介護の場で、利用者を家族と同様に親身になってケアする必要がある。しかし決して家族そのものにはなれないし、なる必要もない。



我々は人の幸せに係る、人の生き様そのものに係る専門家なのだ。専門家として、もっと適切な言葉を考えてもバチはあたるまい。



ユニットケアの本質が、ジーパンとTシャツを着た介護者がぞんざいな口調でケアすることが、家庭的なケアの方法論だと思ったら大間違いだ。