Allo介護の不思議な世界

こんにちは!介護ブログ管理人のサキです。 この記事は介護は難しい、わかりにくい方に向け、初心者でも簡単に紐解いた解説をします。 介護保険は、3年毎に改正されます。この記事を読むと、最新の介護事情や歴史に触れることができます。 とは言え、一体どうしたらいいかが分からない…というあなたのために、一日一つブログをアップし解説したいと思います。 この記事を読み、実践する事であなたも介護の達人になりますよ! ですので、ブックマークをつけて、じっくりと読み進めながら取り組まれてみてください。

特養という場においての看取り介護について



特養という場において在宅での看取り介護と、まったく異なることはない。

特養に入所する人は、そこを死に場所にしようという動機づけを持っているわけではないし、死ぬことを目的に入所してくるわけでもない。



特養で暮らす人々は、何らかの理由で自宅での暮らしが困難となり、新たな暮らしの場所として特養を選択して入所してくる。それが利用者自身の意志ではなく、家族の意志としての選択であったとしても、暮らしの場の選択肢として特養が選ばれていることに変わりはない。



そうした特養の使命や機能をきちんと理解してサービス提供されている施設では、利用者の方々はいつかそこを終生の暮らしの場と感じるようになる。



入所した施設であっても、いつかそこが自分にとっての安住の場に変わっていく。



そしてそこで治療不可能な終末期を迎えたときには、死ぬためだけに居所を変えたくないと考え、暮らしの場である特養で最期の時間を過ごしたいと考えるのである。



利用者の多くがそう思うことができない特養は必要ない施設だ。



そういう施設も少なからず存在しているのも確かである。



それが特養における看取り介護である。つまりこの選択は、自宅で暮らしている人が、終末期を迎えて、そのまま住み慣れた自宅で最期の時間を過ごしたいと考えることと、何ら変わりはないのである。



今求められている地域包括ケアシステムとは、慢性疾患を抱えた高齢者も、医療機関に入院したまま一生を終えるのではなく、むしろ医療機関の入院期間をできるだけ短縮して、地域で暮らすために適切な医療・介護サービス等を切れ目なく受けることができる地域体制である。死ぬためだけに居所を変えなくてよい体制が地域包括ケアシステムなのである。



そのためには心身の状態に応じた住み替えが必要とされており、特養や特定施設、グループホームなどの居住系施設は、その住み替え先として選択される居所である。その場所できちんと看取り介護が行われなければならない。



特養における看取り介護とは、住み慣れた暮らしの場で最期の時間を過ごしたいという希望を叶えるための介護であり、それは自宅における看取り介護と変わらない。



特養の看取り介護と、自宅での看取り介護に違いがあるとすれば、前者における介護の主役がインフォーマルな支援者ではなく、特養の職員に置き換わっているだけである。そこに家族が一緒に関わることができるならば、特養の様々な職種=医療・看護・介護の専門家が適切な支援やアドバイスを受けながら、旅立つ人を家族が看取ることができるという意味である。



もしかしたら自宅で看取ることができない家族が、そこで特養の職員とともに、看取り介護に関わることによって、そこでしか生まれない物語が生まれるのかもしれない。その物語によって、逝く人に対する思いが、残されたものの心に刻まれていくことが命のバトンリレーである。



家族単位が小さくなり、親と子が同居していない世帯が増えている今日であるからこそ、特養をはじめとした居住系施設が看取り介護の場になることは、家族支援という意味でも非常に重要なことであろう。



そのような機能を発揮できる特養でなければ意味がない。それができない特養は、地域包括ケアシステムの一翼を担えない施設として、この制度の中から退場しなければならないのである。



そして看取り介護とは、単にその施設で亡くなることを意味せず、最期の瞬間まで安楽な状態が保たれ、看取り介護対象者旅立つ瞬間まで、対象者も家族も安心して過ごすことができるケアである。

できることなら看取り介護対象者が息を止める瞬間も、きちんと看取ることができて、その瞬間まで物語ることができる命のバトンリレーを大切にしたい。

息が止まるその瞬間、周囲に誰もおらず、その死を見回りの時間しか気づいてもらえないような「施設内孤独死」を、くれぐれも看取り介護と勘違いすることがないようにしたいものである。