Allo介護の不思議な世界

こんにちは!介護ブログ管理人のサキです。 この記事は介護は難しい、わかりにくい方に向け、初心者でも簡単に紐解いた解説をします。 介護保険は、3年毎に改正されます。この記事を読むと、最新の介護事情や歴史に触れることができます。 とは言え、一体どうしたらいいかが分からない…というあなたのために、一日一つブログをアップし解説したいと思います。 この記事を読み、実践する事であなたも介護の達人になりますよ! ですので、ブックマークをつけて、じっくりと読み進めながら取り組まれてみてください。

自分の最期の瞬間を誰に看取ってほしいですか?


介護が必要な人が周囲に支えられていれば、旅立つときに側に誰もいなくとも、それは孤独死ではなく「ひとり死」であると最近いわれ始めました。あなたは周囲に支えられながら旅立つときに誰かに側にいてほしいですか?



いろいろ考える人がいて当然だし、誰もその考え方を否定できるものではない。「ひとりで旅立ちたい」と考えている人が、「誰にも知られず終りたい」、「孤独死はさびしいとか言われるがさびしいと思うのは周りの人が言うだけで本人はわからない。人は一人で生まれて一人で死んでいく。だからひっそりと一人で人生を終えたい」としている気持ちも十分理解できる。最期はひっそりと考えている方もいる。



遺される人に思いを馳せて「ひとりで旅立ちたい」と答える方もいる。「成人した娘が2人いますが心配掛けたくない」、「誰にも面倒を掛けたくない」、「苦しむ姿などを、人に見せたくない」など、旅立つ自分のことよりも、残される人に思いを寄せた選択であるかのようである。自分自身の終末期援助のために、周囲の人に迷惑をかけたくないと考えている人も多いということ。



遺される家族に思いを寄せている方が多い。そのことに対して「愛」を感じると言ってしまえば、すごく薄っぺらい言葉になってしまう。表現とは難しいことだ。



もちろん「周囲に支えられながら旅立つ」一人で旅立った後、自分の遺体が誰にも発見されず長い期間放置されるという心配をしないのが前提である。



「人間は一人で産まれ一人で死んでいくから孤独ではない。孤高死だと言える。生前迷惑がかからないように色々準備して、死んだら後始末をしてくれたら充分。」という意見もある。



孤独死とか孤立死と言われる状態で「死」を迎えざるを得なかった人の中には、数週間あるいは数カ月、その遺体が誰にも発見されず放置されてしまう場合がある。そのような遺体が発見された際には、特殊清掃が必要となり、その場所はもう誰も住めない状態になることが多い。



それだけではなく、そこに残された様々な遺品も廃棄せざるを得ない場合が多い。そうなると亡くなられた方が、遺された誰かに伝えたかった思いもその場所で途切れてしまう。自分の思いやエピソードを伝える、命のバトンが途切れてしまう。



そのことも別に何とも思わないという人も多いのかもしれない。しかし逝く人がそうであっても、遺される者も何も感じないとは限らない。どんなに関係が悪化していても、血のつながりのある人が、逝く人に最後にどう思うかは様々だ。遺される者たちに、最期に逝く人の思いを伝える術があれば、それに越したことはないように思う。



そんな意味でもエンディングノートは、良いツールなのかもしれない。