Allo介護の不思議な世界

こんにちは!介護ブログ管理人のサキです。 この記事は介護は難しい、わかりにくい方に向け、初心者でも簡単に紐解いた解説をします。 介護保険は、3年毎に改正されます。この記事を読むと、最新の介護事情や歴史に触れることができます。 とは言え、一体どうしたらいいかが分からない…というあなたのために、一日一つブログをアップし解説したいと思います。 この記事を読み、実践する事であなたも介護の達人になりますよ! ですので、ブックマークをつけて、じっくりと読み進めながら取り組まれてみてください。

地域包括支援センターが地域の中核になるべきでない!悲惨な事件がありました



高齢者の介護問題に関連する事件や事故は、日本全国で数えきれないくらい起きている。それにしても今月4日に大阪高槻市で、70歳の妻と75歳の夫が同日に死亡したケースは、この国の高齢者介護制度や地域システムを根本から考え直さねばならないと思わせる事案である。



大阪府警高槻署によると、妻は病死で夫は自殺であったとのこと。妻の死亡推定時刻は11月4日午後6時ごろ。その約5時間後に夫が風呂場で首をつって自殺したとみられる。風呂場には警備会社につながる非常通報装置があり、首を吊った夫は、自殺直前にこの装置のボタンを押したとみられ、警備会社の通報で救急隊員が駆けつけて両者の遺体が発見された。



現場は5階建ての団地の一室で、居間のこたつの上に置かれていたA4サイズの便箋に書かれた夫の遺書には、「迷惑かけました。認知症の介護に疲れてしまった」・「ごめんね。寝たきりでしんどかったやろな」・「無理やりにでも早く病院に連れて行ってあげたかった」という文章が綴られていたと・・・。



現場となった団地で2007年から二人暮らしをしていた夫婦は、近所の人から見ても「仲が良い」と評判の夫婦で、妻もガーデニングが趣味の明るい人だったとのこと。



その妻が体調を崩したのは約6年前。パーキンソン病やアルツハイマー型の認知症などを発症したため、夫は自ら運転する車で妻を病院に連れて行ったり、買い物に連れて行っていたそうである。ところが今年に入って妻の病状が悪化し、1人で歩くのも困難になったことで夫の介護負担が増したという。



ここからが問題である・・・。夫はSOSを発しているのに、その信号に地域のシステムが反応していなかった。



4月に夫は高槻市の地域包括支援センターに「妻の体が動かなくなった。」と電話で相談しているのだ。それに対してセンターは「救急車を呼んでもいいですよ」と促したものの、その後連絡はなかったとして、そのままこの夫婦の状況を確認することもしていないようである。そうだとしたらこうした状況を一般的には「放置している」と表現するのではないだろうか。



電話対応に応じて救急車を呼んだのかを確認することもしていないし、生活状況がどうなっているのかを訪問して調査するなどは一切行っていないのである。これって地域包括支援センターの対応として十分なことをしたと言えるのだろうか?大いに疑問である。



夫婦は介護サービスの申請をしていなかったとみられるが、新聞社の取材に対して、地域包括支援センター関係者は「申請があれば対応のしようもあったが」とコメントして悔やんでいるとの報道されている。



なに温いことを言ってるのかと思う。地域包括支援センターという機関が、介護問題を抱え悩む夫のSOSを受けていながら、その本質に思いを馳せることなく、通報内容を軽くいなすだけのような対応で終わってしまっている。そのような大きな問題があるにもかかわらず、そのことを悔いるのではなく、制度に対する知識が十分あるかどうかもわからない高齢者自身の申請がされていないことを悔やむのは本末転倒である。



自らの責任を自覚していないとしか言いようがない。悔やむべきは、必要な申請を支援するためのアプローチをしなかった高槻市地域包括支援センターという組織の力量に対してであり、その責任感の無さに対して悔やむべきではないのだろうか。



そもそも地域包括支援センターとはどんな機関だというのだ。それは介護保険法第 115条の45において、「地域住民の心身の健康の保持及び生活の安定のために必要な援助を行うことにより、その保健医療の向上及び福祉の増進を包括的に支援することを目的とする施設」と定められており、高齢者が住み慣れた地域で安心して暮らすことができるように、保険・医療の向上や福祉の増進を包括的・継続的に支援する地域包括ケアシステムの中心的役割を担う機関である。



その役割の中には、座して相談や申請を待つのではなく、様々な方法で地域に深刻な介護問題が発生していないかをくまなく調査・目配りし、制度の光に隠された「影」に陽を当てるという、「発見する福祉」の役割が求められているはずだ。



もちろんそうであっても、地域の介護の実情をすべて把握できるわけではないが、その発見の不断の努力はすべき機関である。



本ケースは、電話相談というSOSのサインが出されているにもかかわらず、おざなりに「救急車を呼んで」という助言だけで終わっている。そうした状況で病院に直接緊急通報をできなかった経緯や、家族に相談できない状況がなぜ発生しているのかを確認しようともしていない。



果たして電話相談を受けた高槻市の地域包括支援センターの職員に、アウトリーチという姿勢は存在しているのだろうか?そんな言葉さえ知らない職員ばかりではないかと疑いたくなる。



「申請があれば対応のしようもあったが」というが、地域包括支援センターの本来の目的は、申請ができない人に適切な社会資源を結び付ける支援を行うことだろう。この発言は地域包括支援センターという機関の使命や役割を分かっていない無責任発言としか言いようがない。



こういう機関や職員が、「地域包括ケア」の中核に担えるわけがない。こういう地域には幻の地域包括ケアシステムしか存在しないだろう。光の陰に隠された「闇」に埋もれていく地域住民にとって、それは極めて不幸なことであると思う。