Allo介護の不思議な世界

こんにちは!介護ブログ管理人です。 この記事は介護は難しい、わかりにくい方に向け、初心者でも簡単に紐解いた解説をします。 介護保険は、3年毎に改正されます。この記事を読むと、最新の介護事情や歴史に触れることができます。 とは言え、一体どうしたらいいかが分からない…というあなたのために、一日一つブログをアップし解説したいと思います。 この記事を読み、実践する事であなたも介護の達人になりますよ! ですので、ブックマークをつけて、じっくりと読み進めながら取り組まれてみてください。

コミュニケーション能力に著しく欠けている馬鹿



忙しい業務の中で、顧客から声をかけられたときにすぐ対応ができず、待たせなければならないときに、「少々お待ちください」といえることができる職員の姿は、理想ではなく当たり前である。



やむを得ない事情でお客様を待たせたときに、ごく自然に「お待たせいたしました」と声をかけることができることも、職業人であればごく当たり前としか言えない。そんな対応が「素晴らしい」と称賛される職業があるとすれば、その職業に携わっている人たちの常識がどうかしているのである。



しかし介護サービスの場で、ナースコールを押した利用者への対応に即応できずに待たせてしまうときに、「ちょっと待ってね」・「何度もコール押さないでよ、わかっているから」と言って、待たせた利用者に対応する際に、「こっちも忙しいんだからしょうがないでしょ」なんて言う日常対応があったりする。その姿を自分の家族に見せて自慢できるというのだろうか。



利用者から何かを要求されたとき、ごく自然にすべての職員が「かしこまりました」といえる職場が特段優れているわけではなく、サービス業であるなら当たり前のことである。



利用者に対して適切性に欠ける対応があった時、「申し訳ございません」という言葉が自然に発することができることが当然の対応であって、それができなければ非常識を疑われるのがサービス業である。



これらの言葉は、「8大接客用語」と呼ばれ、一般的なサービス業においてはごく自然に従業員が使いこなしている言葉である。コンビニエンスストアやファーストフード店ではアルバイトの学生が使いこなしている言葉なのだ。日本語を覚えたての外国人だって、使いこなせる言葉である。



それと同じ言葉遣いを、対人援助の場で顧客である利用者に接する際に使いこなせないことの恥ずかしさを知るべきだ。そういう言葉で接するように指導するリーダーに対し、「理想と現実は違う」などとうそぶいて聞く耳を持とうとしない職員は、自らの現実レベルが低すぎるだけなのである。それはコミュニケーション能力に著しく欠けているという意味で、一般的にはそのような能力の持ち主のことを「馬鹿」と呼ぶのである。



そういう意味では、対人援助の場で言葉使いにも気を使ってサービスマナーを守るということは、他のサービス業で学生アルバイトができている程度のことはしましょうというレベルにしか過ぎないとも言える。今更その徹底を図らねばならないことが課題とされる業界の民度はあまりに低すぎるといえ、保健・医療・介護・福祉業界関係者はその異常さに気が付くべきである。



介護事業者に勤め、介護事業に携わることで生活の糧を得ている人は、介護のプロといえるのだから、学生がアルバイト先で使いこなしている言葉を使えないというのでは、あまりに寂しすぎる。介護とはコミュニケーションが不可欠な職業であり、コミュニケーション技術もプロとしての資質であるにもかかわらず、その部分で学生以下の資質しかないような人は、別な職業を探したほうが良い。



そうしないとその汚らしい言葉に傷つき、不幸になってしまう人が生まれ、それは取り返しのつかない心の傷につながりかねないからだ。人を不幸にして、人の尊厳を徹底的に奪ってしまうからだ。



認知症の人は特にその被害を受けやすい。



認知症の人の言動にイラついて、強い言葉でなじったり、乱暴に接したりすると、それはなんの解決にもならないどころか、そうした言動は、認知症の人にとって脅威であり、混乱の元になって、行動・心理症状(BPSD)はかえって悪化する。それは認知症の人の心を完全に殺す行為であると同時に、そのような言動によって認知症の人をなじる人間の仕事が増えることにもつながり、さらにイラつくという悪循環に陥ってしまうことに気が付くべきだ。



介護の場で繰り返し行われているスピーチロックも徹底的に戒められるべきである。それは認知症の人のストレスになるからだ。



「動かないでちょうだい」、「しちゃだめ」、「立たないで」、「ちょっと待って」という言葉の拘束によって、介護施設等で認知症の人は常に傷つけられて混乱している。そんな状態はなくさねばならない。しかしそれらのスピーチロックは、介護者の心の持ちようで簡単に変えられるのだ。



「ちょっと待って」とか、「座っていて」と言い切るのではなく、「~しているので、ちょっと待ってもらえますか?」とか、「~すると危ないので、座っていていただけますか?」というふうに、理由を説明しながら丁寧な言葉に言い換えるだけで、それらの人々の心は安らかになり、行動も落ち着くことが多い。



言い切りではなく、相手に尋ねるような形をとると「相手に選択権がある」話し方になりるのだ。それはマナーを意識した言い換えである。



サービスマナーを身に着けるということは、こうしたレベルの低い現実を直すということにほかならない。無礼で醜い対応を介護事業の場からなくしていくということに過ぎないのである。



そもそも、おもてなしの心とは、相手を良いこころ持ちにさせる=幸せな気持ちにさせるという意味である。ぞんざいな言葉遣いや横柄な態度は、相手に不快感しか与えない。サービスマナーとは、最高のもてなしをする以前に、最低限、お客様に不快を与えないように対応を、一定のルールで標準担保しようという意味である。それができてこそのホスピタリティ精神が上乗せされる可能性が生まれるのである。マナーの上に「おもてなしの心」を積み上げてこそ、選ばれるサービスになるのである。



逆に言えば利用者=お客様に対するサービスマナー精神のないところで、真の思いやりの心は生まれず、高品質なサービスを実現させようとする動機付けも生まれない。そのような介護事業者は、今後顧客単価が抑えられる中で、参入事業者が増える介護サービス事業の中で、顧客に選ばれて生き残っていくことなど不可能になる。



おもてなしの心とは、裏のない心であり、相手に対する真の思いやりという意味でもある。それは一般的にはホスピタリティと呼ぶのである。



人を幸福にしないサービス、おもてなしの精神のないサービスは対人援助とはいえないし、そんなものを社会福祉と呼ぶのは笑止千万。