Allo介護の不思議な世界

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自分や自分の家族が入りたいと思える施設づくりをしましょう???

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これは、果たして良いことでしょうか?


そういえば「自分が入所したい施設を目指そう」というような言葉は、今もなお介護業界で唱えれらており、職員に向かって、「自分が入所したい施設を目指そう」と訓示している施設長や管理者が全国にたくさん存在する。



しかしそんなことを言っている人がたくさんいるにもかかわらず、地域住民がこぞって入所したいと思える施設がそこかしこに存在するという話はあまり聞かない。週2回しか入浴できないという、囚人並みの生活を強いている特養もそこかしこに残存している。



特養は長い間待機者が数多くいて、施設によっては100人待ち、200人待ちが珍しい状態ではなかった。しかしそれはその施設が、地域住民から絶大な支持を受けている結果ではなく、単に障害を持って行き場のない人が、仕方なく選んでいる場所に過ぎなかったとう実態がある。「自分が入りたい施設」ではないけれど、入所を申し込んで待機しなければならなかったのが、特養の実態であった。



そもそも地域住民から選ばれるサービスの質を考えたとき、果たして「自分が入所したい施設」などという基準がそれにつながるのだろうか。



介護とは関係のないレベルで他の商売を考えたとき、ヒット商品はどのように生まれるかを考えてほしい。顧客に選ばれる商品とは必ずしも自分が選びたい商品と一致しない例は枚挙にいとまがなく、例えば自動車販売の場合、自分が乗りたい車を開発することが、ヒット商品の開発につながらないことは多い。ヒット商品を生み出すためには、自分の価値観や好みに偏った考え方をしないで、顧客が何を求めているかという、「顧客ニーズ」を徹底的に調査・分析する必要がある。



自分の好みというレベルで考えていては、自分という個人の価値観が絶対的なものになりすぎて、多様なニーズに対応する柔軟性を失ってしまうことが多い。



そもそも仕事とはおもしろいものである反面、面倒くさい様々な作業が伴うものなので、自分の好みレベルで物事を考えていては、「自分ならこれでもいいや」という妥協が生まれてしまうのである。施設サービスという介護労働を商品とする場合、肉体労働をできるだけ軽くするために、自分ならこれで良いという安易な妥協が生まれることも、「自分が入りたい施設づくり」というお題目で正当化されてしまう。



介護施設にはびこる「世間の非常識が介護の常識」という状態も、自分の価値観レベルで考える感覚麻痺に起因していることが多いのである。自分だったら家族と同様に馴れ馴れしく話しかけられても、窮屈でなくて親しみを感じられるからそれでいいやという感覚が、タメ口で利用者に接して恥じない馬鹿者を大量生産してしまうのだ。



「自分が入りたい施設」レベルで物事を考えるから、介護のプロフェッショナルという意識を薄れさせ、家族ではないプロが提供する介護サービスが求められるのに、家族レベルの馴れ馴れしい無礼な態度をも生み出してしまうわけである。



介護施設が目指すべきは、「自分が入所したい施設づくり」ではないのだ。真に必要とされていることは、介護施設の利用者を顧客と正しく認識し、「顧客が選びたくなる施設づくり」であって、地域住民のニーズを徹底的に調査し分析する介護事業経営が求められている。



「自分は~・自分が~」ではなく、「お客様は~・お客様が~」という視点が求められており、今介護施設を利用している人・利用しようとしている人の時代背景や生活習慣を見つめ、それらの人たちのニーズを徹底的に追及することこそが求められているのである。今後、介護事業の利用者層としても、大きな塊となってくる団塊の世代の人々はどう思うだろうかという視点から見ないと、介護事業経営などままならなくなる。



だからいまだに職員に対して、「自分が入りたい施設づくりを目指しましょう」なんて言っている施設のトップや管理職はその手腕を疑われるし、対人援助の専門家としてのボキャブラリーには重大な欠陥があり、介護事業を管理するためのセンスがないと言っても過言ではないのである。