Allo介護の不思議な世界

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身内を亡くしたあとのケアマネの想い、所詮他人事です!笑うのは住職と葬儀屋だけ



人間には寿命があり、必ず人は亡くなります。



亡くなる人と亡くならない人がいるのなら、「亡くなる人は可愛そう」となる訳ですが、人の死というのは平等に与えられます。



ですから、わたしは一応は平均年齢を生きれば「歳に不足はない」と思っています。



しかし、親というのは、歳に不足があろうが、なかろうが全くそれは関係なく、長寿を全うしても悲しいものです。



ケアマネが1人の利用者とかかわり合っても、最後は必ず利用者は亡くなります。



ケアマネの仕事は利用者が亡くなって終わりではなく、利用者の死の直後には、家族の自責の念を軽くなるような配慮をしなくてはならなく、家族への訪問、説明、語らいなどを通して心のケアを行わなければなりません。



殆どのケアマネは、これらを実行してないと思います、何故ならお金にならないからです。



在宅医療に熱心な医師の講演を拝聴したことがありますが、自分の母親を亡くしたとき、今まで患者に対しいろいろと言ってきたことは「所詮、他人事だったと思った」と言われました。非常に正直な医師であると思ったと同時に、やはり誰も自分の身内になると違うと痛感しました。



ある時、寺の住職に「身内を亡くした悲しみがある場合、どうすれば心が軽くなるのでしょうか?」と相談したことがあります。



その住職はとんでもない事を言いました。



檀家としてのお金をきちんと払ってますし、盆と正月にはお布施を持っていってますが、それに加えて「年に2回の彼岸にも、お布施を持ってきてください」と言いました。



お金を持ってくれば、悲しみの心が軽くなるのだと。



わたしはこの住職の表情を胸奥に留めました、そしてこの住職は心から腐っているどうしようもない人間だと思いました。



普通の神経をしてたら、身内が亡くなって悲しんでいる檀家の人間に対し、「お金を持って来い」とは言えないでしょう。



お寺とっても人の死は「所詮、他人事」であり、人が亡くなり喜んでいるのは、お寺と葬儀屋と思います。