Allo介護の不思議な世界

こんにちは!介護ブログ管理人です。 この記事は介護は難しい、わかりにくい方に向け、初心者でも簡単に紐解いた解説をします。 介護保険は、3年毎に改正されます。この記事を読むと、最新の介護事情や歴史に触れることができます。 とは言え、一体どうしたらいいかが分からない…というあなたのために、一日一つブログをアップし解説したいと思います。 この記事を読み、実践する事であなたも介護の達人になりますよ! ですので、ブックマークをつけて、じっくりと読み進めながら取り組まれてみてください。

家族の愛とは

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人間は、食べないから死ぬのではなく、「死に時」が来たから食べないという結論です。



介護というのは、常に「死」を頭の片隅において、かかわりを持つことだと思います。



つまり、人間はいつか死ぬ存在ですので、明日死なれても後悔の少ないかかわりかたをする、そして、その日が来るまでそれを続けるということです。



自然死の実態は、悲惨に響きますが「飢餓」「脱水」です、死に際は命の火が消えかかっていますので、腹もへらなし、のども渇かないのです。



人間は生きてく上では、飲み食いしなければなりませんが、生命力が衰えてくるとその必要がなくなります。



「飢餓」では、脳内にモルヒネのような物質が分泌され、いい気持になって、幸せモードに満たされるといいます。



また「脱水」では血液が濃く煮詰まることで、意識レベルが下がって、ぼんやりとした状態になります。



死に際になると、呼吸状態も悪くなり、酸素不足、酸欠状態になり、酸欠状態では脳内にモルヒネ物質が分泌されるといわれ気持よくなります。



もう一つ酸欠状態になると、炭酸ガスが排出されずに体内に留まり、炭酸ガスには麻酔作用があり、これも死の苦しみを防いでくれてます。



このように、死というのは自然の営みですから、そんなに苛酷でないのです。



延命したい人を批判するつもりはありません、少しでも生きていてほしいと思われる気持も当然です。



しかし、延命したとしても、悲しみはなくなりませんし減りもしません、ただ先送りするだけなのです。



残される人間が、自分達の辛さの軽減のため、あるいは自己満足のために死にゆく人間に無用な苦痛を味あわせるべきではないし、医療をそんなふうに利用すべきではないと思います。



辛くても、「死ぬべき時期」にきちんと死なせることが、「家族の愛情」と思います。