Allo介護の不思議な世界

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平均寿命は統計学の数字である

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平均寿命とは、それが発表された年に0歳児として生まれた人が、今後平均何歳まで生きるのかという統計学上の数字である。



平均寿命が延びたからと言って、それ以前の過去に生まれた人の平均寿命が年々変わって行くわけではない。



今現在生きている人の平均寿命は、その人が生まれた年に出されたものがそのまま数字として残っている。しかし平均寿命に達せずに亡くなる人もいるのだから、あと何年生きるのかということになると、その人が生まれたときの平均寿命-現在の年齢という数式にはならず、これも統計学上の数値を加えた数式によって導き出される。それが、「平均余命」である。



現在30歳の人の平均余命とか、40歳の人の平均余命とか、年齢別に示される平均余命が、今現在生きている人が、あと何年生きるのかという統計学上の数字である。



しかし平均寿命にしても、平均余命にしても、その統計学上の数値には、健康度は含まれていない。



果たして生命体として、「生きている」状態の年数の延びは、人にとってどのような意味があるのだろうか。



医学の進歩と自然死ということを、平均寿命の延びを考える中で、国民全体が議論する機会が増えてほしいと。



医療や介護の業界でも、終末期医療に関する考え方が変わってきている。



延命が第一に考えられていた終末期医療に、少しだけ変化が見られてきて、口から物を食べられなくなった状態に対し、経管栄養を行うことが当たり前であるという意識に変化が見られている。



口から物を食べられなくなっても、経管栄養によって栄養補給し、延命につなげるという考え方を完全否定する必要はなく、経鼻経管栄養や胃ろうという医療処置自体の是非を問う必要はないが、少なくとも個別にその適応を問う必要はあると思う。



そういう意味では、経管栄養を行わない方が、安楽に過ごして自然死に向かうことができるという考え方が示され始めていることは健全な方向だ。



そういう中で、終末期を迎える人が、そのことを選択できればよいし、そのためには、健康なうちに選択意思を示して、意思疎通が不可能な状態になっても、過去に示しておいた意思に沿った対応が行われることが保障されるべきである。