Allo介護の不思議な世界

こんにちは!介護ブログ管理人です。 この記事は介護は難しい、わかりにくい方に向け、初心者でも簡単に紐解いた解説をします。 介護保険は、3年毎に改正されます。この記事を読むと、最新の介護事情や歴史に触れることができます。 とは言え、一体どうしたらいいかが分からない…というあなたのために、一日一つブログをアップし解説したいと思います。 この記事を読み、実践する事であなたも介護の達人になりますよ! ですので、ブックマークをつけて、じっくりと読み進めながら取り組まれてみてください。

経管栄養や中心静脈栄養により延命される命

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苦しみの多い状態で生きるということが当たり前であると考えられることがないようにしてほしい。



呼吸し、心臓を動かすことがなによりも優先されるのではなく、出来るだけその人にとって苦しみの少ない状態で終末期を過ごすためにはどうすべきか、という考えが大切にされる社会が健全ではないだろうか。



経管栄養や中心静脈栄養により延命されている人が、たくさん入院している病棟で、そこで何が起きているのかを冷静に見つめることも必要と思う。



例えば、痰がつまらないように気管切開され、チューブが入れられているとしたら・・・



そしてそのチューブから痰の吸引を行う時に、その人がどんな表情をしているだろうか?ほとんどの人が苦しそうにしているはずだ。というより、そうした状態で苦しまない人がどれだけいるだろうか?



経管栄養の管を抜こうとする人の手を縛り付けて、ずっとその縛り付けられた手をほどこうとし続ける人に、経管栄養とは恵みを与えていると言えるのだろうか?身体拘束廃止の例外規定として、生命を守るための緊急一時的な拘束として、それが許されるとしても、そのことは手足を縛られる人の、「苦しまなくて済むようにしてほしい」という願いより優先されて考えてよいことなのだろうか?



そもそも人としての尊厳とはなんだろうか?単純に「死ぬ権利」を肯定するつもりはないが、せめて「苦しんでまで延命治療を受けなくて済む権利」、「苦しみの中で生かされ続けることを拒否する権利」は守られてよいのではないか。